カフェイン中毒と猫

読書記とか雑記。猫は飼っていません。飼いたい。

生きてこれたことに万歳

 

社会人になって数年が経った。

学生の頃よりも早く起きて遅く家に帰ってくる(21時~22時までの残業、職場に12~15時間いるのが基本)。

終電がなくなるまで働いて、タクシーで家に帰ったこともある。

周りからは「倒れないか心配」「無理しないで」と言われることも多い。

今までに理不尽な理由で怒られたことも、責任感やプレッシャーに押しつぶされそうになったこともあった。

今でもふざけんなって思うこともたくさんある。

 

でも、わたしは今のところ仕事が楽しいと思えている。

まだまだ半人前だし、しばらくは今の仕事を続けたい。

 

さて、わたしは学校に通えなかった時期がある。

 

これを言うと何で仕事は続けられているのか?と不思議に思われることもあるが
仕事は 内容 × 一緒に働く人 × 得られるお金 であると聞いたことがある。

希望する場所で希望する職種として働いており、楽しい同期と尊敬できる上司がいる。
生活するのに十分な賃金を得ることができている。

十分な条件を満たしているのだと思う。

 

学生時代はいい思い出が少ない。

なんとなく覚えているのは、息苦しさと、吐き気と、腹痛と、死にたさ。

明日が来るのなら、眠りたくない。朝が来ないでほしい。

朝になって仕方なく起きる。朝ごはんは食べない(用意されていない)。

家を出る。待ち合わせに向かう途中で足が止まる。しゃがみ込む。

吐きそうで口元を手で押さえる。出てくるのは嗚咽だけで涙は出てこない。

待ち合わせで友人と合流する。学校に着くまでの間はつかの間の楽しい時間だった。

学校に着いて自分の席に着く。放課後を待つ。

家に帰る。寝る。深夜に起きる。深夜番組を見て朝を待つ。

 

学校に行きたくなくなった。

父子家庭だったため、自分で中学校に連絡を入れて休む連絡をしていた。

学校から父に連絡が入っていたのを知ったのはしばらく後だった。

信頼して放っておいてくれたのか、どうしていいのかわからなかったのかは聞いていないから知らない。

 

明けない夜はない。

止まない雨はない。

神は越えられる試練のみを人に与える。

努力は人を裏切らない。

 

 

前向きな言葉がまぶしすぎて、顔を上げられなくなった。

 

 

たった今つらいのに、つらくなくなるまで耐えろってこと?

わたしはいま助けてほしいのに。いまつらいことが、耐えられないのに。

あとどれたけつらいの?学校を卒業するまで?

小学生のときつらかった。中学生のときもつらくなった。高校生のときもつらくなった。大学生になったら?大人になっても?死ぬまでつらいの?

いつまで我慢すればいいの?つらくなくなるのを待つなら、死んだほうが早くない?

 

いまならわかる。学校だけが全てじゃないってこと。

中学生になって、インターネットを知った。高校は知り合いが一人のいない学校に進学した。大学時代はサークルとバイトに明け暮れた。友達ができた。仲間ができた。

大人って楽しいよ。社会人って楽しいよ。やりたいことができているよ。

 

でも、あのときのわたしにはこの言葉は響かないんだろうな。

きっと、つらさや暗さや死にたさを肯定してあげる言葉が必要だったんだ。

 

いまは夜だね。朝が来てしまうね。朝食はどう?

いまは雨だね。外が真っ暗だ。しばらくは雨が降り続けるかもしれない。傘を貸してあげる。

 

『泣き止んでみたら 外はもっと雨 そんなもんだろう』

倉橋ヨエコ / 今日も雨

変化を愛そう

 

家を出かける前には荷物を確認する。

鍵、財布、モバイルバッテリー、(職場の)職員カード、お弁当、水筒。

 

そして、ウォークマン。忘れてしまったら家に帰るもの。

 

わたしが今使っているのはSONYウォークマン

前まではiPodを使っていた。

iPod miniiPod classicウォークマン(1台目)→イマココ。

 

元々、音楽を聴くことが好きで趣味でドラムをやっていた。

コピーバンドをしていたから、コピーするためには聴き込むことが必要だ。

コピーするためには同じところを繰り返し聴く必要がある。

少し聴いてはすこし戻って、また聴いては戻って…と繰り返していく。

(SONYウォークマンは再生スピードを変更することができるから優秀)

 

母親は音楽が好きだった。と思う。

わたしにあるのは幼いころの記憶で、母は専業主婦で、わたしが小学校から帰宅するとほとんどの場合は自宅にいた。

玄関の扉を開けると、何よりも先に感じるのはスピーカーからの音楽。

廊下を進んでいくと、リビングのイスに座ってコーヒーを飲みながらパソコンを触る母。

 

わたしは母の機嫌も気になるところであるが、流れている音楽も気にしていた。

中島みゆきサザンオールスターズ鬼束ちひろポルノグラフィティ

あとはあまり覚えていないけれど、音楽を好きになる第1歩目は母から受けているように思う。

 

音楽の趣味の遍歴は人それぞれだ。

中学生の頃はJanne Da ArcJUDY AND MARYが好きだった。Janneはすでに活動休止していたけど、お年玉でCDを買い集めるくらいには好きだった。コンプリートBOX、高かったなあ。

(解散はほんとに悲しい。いつか再会してくれるって思っていた。)

JanneからLUNA SEASIAM SHADEが好きになって90年代のV系バンドが好きになった。そこから、青春パンクやハードロックが好きになった。

騒がしくて勢いのあるバンドが大好きで、静かで大人しい音楽なんて、眠くなるだけ。なんて思っていたのだけれど。

 

大人になってから音楽の趣味も落ち着いてきて、いろんな音楽を聴くようになった。

性格が大人しくなったのか、思春期の頃の衝動性が抑えられたのか。

昔は好きではなかった音楽も聞くようになったし、良いと感じるポイントも変わってきていることを実感している。

これから、どんな音楽を聴くようになっていくのか楽しみで仕方がない。

それは、新たな出会いであり、価値観の変化であり、人生観の変化であると思うから。

 

『与えられるのなら 受け止めよう』

『しかられてみよう 愛されてみよう 心の底から信じてみよう』

歓びの種 / YUKI

「こわい」が口癖です。

わたしは「こわい」が口癖だ。
「それ、こわいね」「えっこわい」など1日5回は言っていると思う。

ホラー映画やお化け屋敷は怖いので、絶対に目にしないようにしている。
(ちょっと前にテレビで流れていた、イッツ?のCMは怖かった…)

ジェットコースターも怖い。お腹がふわっと浮く感じがどうも苦手で、ディズニーシーのタワーオブテラーはもう2度と乗らないと決めている。

わたしは、鬼束ちひろの「私とワルツを」という曲が大好きだ。
『優しいものは とても恐いから 泣いてしまう あなたは優しいから 』
『一人でなんて踊らないで どうか私とワルツを』

優しさは嬉しいものだ。心が温かくなる。
でも、優しいものは、こわい。
こわいから、素直に受け取ることができない。
優しさを受け取ることが、こわいと思ってしまう。

それは、優しさが恒常的なものではなく、いつか失われるものだと思っているから。
優しさはいつか失われるものだから、優しさが目の前に差し出されると先立って「こわい」と思ってしまう。
目の前にある温かさ、うれしさ、幸福を吹っ飛ばして「こわい」が出てきてしまう。


この曲のあなた はなぜ優しいものをこわいと思っているのだろうか。
過去に傷ついたことがある?
優しさに触れたことがない?
優しさを信じられない?
失うくらいならば、もう手に入れたくないと思っている?

この曲の私 はそんな あなたに一人で踊らないでと伝えている。
一緒にワルツを踊ろう。優しさを与えるから、受け止めてほしい。
一人で過ごす時間もいいけど、人と過ごすこと、優しさに触れることに、勇気を出してほしい。
そんな風に語りかけているように聴こえる。
一緒に生きていこうよ。

それはまるで、私 の哀願だ。
一緒に踊りませんか?一緒に生きていきませんか?
どうして、一人で抱え込もうとしているんですか?
私が傍にいてはいけませんか?
強がらないで、弱さをあなたの弱さを私に見せてほしい。受け止めるから。
そう、訴えかけているようにわたしには聴こえる。

やさしいものは「愛」なんじゃないか。そんな思いが頭をよぎった。